今週のお題「夢」
わしは10年以上、ずーっと見続けている夢がある。
わしは10年ほど前、それまで住んでいた古いボロ屋を取り壊して、家を新築した。
というと、凄く思えるが、実際は格安住宅で、大したものではない。
わしは大病を患った過去があり、ローンを組むのも本当に大変だった。
わしが生まれるちょっと前に、わしの町で大火があり、それまで住んでいた家がまる焼けになってしまった。
当時、大工の経験もあった親父は河原から流木を集めたり、山に捨てられていた雑木をなんとか集めて、やっと家族8人が住める程度の小屋のような家をでっち上げた。
その後、親父は若くして死んでしまった。
生活に困ったわしら家族はそのボロ屋に40年以上住むことになる。
雨が降れば大量の雨漏り。東北の極寒の冬にはトタン一枚の外壁から、冷たい隙間風が吹き込んでくる。むしろ、外で寝た方が快適なのでは?というレベルの寒さだった。
トイレも風呂も外にあり、真冬の入浴は心臓に響く。
俺はまだ28歳なのに、心筋梗塞になった。
真の貧乏とはそんなもんである。
庵野なら「シン・ビンボー」という映画を作れるんじゃないか、ってくらいひどかった。
家を新築する際、古いボロ屋の取り壊し費用が結構かかる。
いっそのこと、古い家はそのままで、庭の空いた敷地に新たに建てようか、とも考えたこともあった。
だが、わしは、このボロ屋が大嫌いであった。
形が残るのも嫌だった。
わしは、友達を自分の家に連れてくるのが嫌でたまらなかった。
もちろん恋人など連れてこられるものではない。
わしは自分のコンプレックスを破壊するように、ボロ屋を解体した。
でもなぜか、わしは涙が出た。
小さな窓から、親父の帰りを待ったり、庭の花を摘んであそんだり、数々の思い出が浮かんできたのだ。
わしには忘れられない思い出がある。
ある春の風の強い日、お袋がわしの手を引き、庭にただ立ちすくんでいた。
強い風がわしらの髪を乱し、汚い服を吹き抜けていた。
お袋はいつもと違う、なにか不思議な表情をしていた。
無表情だが、なにか思いつめたような・・・
あの時、お袋になにがあったのか、それはもうわからない。
折り合いの悪かった祖父母と何かあったのか、それとも親父との中に何かあったのか?
今はもう誰も死んでしまったので分からない。
新しい家に住んでからも、なぜかわしはあの古いボロ屋の夢をたびたび見た。
フシギなことに、夢の中では、新しい家はそのままなのだが、なぜか家の半分が古い家とつながっていて、まだ改築状態になっている。
その古い家の部分の囲炉裏を囲んで、家族で飯を食っているのだ。
照明は古い裸電球のまま。その薄暗く儚い光が揺れる中、わしらはただ飯を食らっている。
お袋は俺の茶碗に大盛りの飯をよそいながら言う。
「親っていうのは、子供がめしをいっぱい食っているのを見るだけで、幸せなもんだ・・」
そこで、いつも目が覚める。
なんとも言えない気分だ。いつも起きると目から汁が出ている。
わしの家というのは、形ばかり出来ても、本当の家になっていないのかもしれない。
などとわしは考えた。
「本当の家」とは何か?
本当の幸せとは何だろう?
そして平成28年、まだまだ新しかったわしの家は台風による大洪水によって、脆くも全壊した。